Dr.伊藤のひとりごと

漢方に魅せられて

最近、漢方に関する記事やコマーシャルを目にするが、これは現代人に漢方治療が求められているためであろう。私事ではあるが、医師国家試験の2-3ヶ月前に、いつも夕方になると微熱が出て病院を受診しても問題ないと言われたことがあった。病院から抗生剤を処方されて様子を見たが全然よくならず、近くの漢方薬専門店で漢方を処方してもらったところ、落ち着いた経験がある。国家試験に合格できたのは漢方薬のおかげと感謝したが、医者になってからは西洋医学の研修実践に忙しく、漢方とは縁遠い生活をしてきた。

私は小児外科医であり、漢方薬といえば風邪に葛根湯、イレウスに大建中湯、肝炎に小柴胡湯ぐらいしか知らなかった。漢方薬に興味を持ったのは開業して多岐にわたる疾患を診なければいけない状況で、西洋薬だけでは対応できない症例に遭遇したためである。特に、いろいろ検査をしたが問題が見つからない不定愁訴の患者さんには漢方薬が大変有効であった。

漢方には「証」という概念がある。これが面倒で漢方を難しいと考える先生もいるが、「証」は患者さんの現在の状態を意味する。すなわち、現時点で体が弱っているか、強すぎるのか。病気が体の表面に出ているのか、裏にあるのか。病態が熱しているか、冷えているのか。それに心の状態(気)、血のめぐり(血)、水分バランス(水)を合わせて考えればよい。「証」を乱れた状態と考えると、漢方はその状態をできるだけ正常の状態(中庸)に戻すための治療ということになる。熱していれば冷やす、寒ければ暖める。足りなければ補う。溜まっていれば出してあげるなどを考えると、これはむしろ理論的にもみえる。

状態を確認するために漢方では望聞問切という手技を使っての診察をするが、私は舌(舌診)とおなかの所見(腹診)を重要視して診察を行っている。患者さんの隠れた病態を確認するための補助診断として大変参考になっている。

我々は西洋医学を習い実践してきたが、一般に西洋医学は個人差を考えない処方が行われる。もちろんそれで問題がなければよいのであるが、時にうまくいかないこともある。先に述べた不定愁訴に関しては安定剤がよく処方されるが、心と体のバランスが崩れているときはなかなか効果が少ない。この場合は漢方治療をぜひ試みていただきたい。もちろん漢方でも効果がすぐに現れないかもしれないが、西洋薬と漢方薬の「良いとこ取り」や相補をしていくことで更に良い医療ができる可能性がでてくるかもしれない。東洋医学と西洋医学の融合という言葉があるが、そのように大げさに考えないで治療の際に日本語と英語を話すときのような頭の切り替え(スイッチング)をすればよいのではないだろうか。

最近になって漢方治療をステップアップするためにはやはり原典を読む必要があると痛感している。今から約2000年前に編集されたという傷寒論という書があるが、これを少しずつ読み始めたが、漢字が大の苦手な私がこの書を読破するのはあと何年いや何十年かかるかが非常に気がかりなところである。