Dr.伊藤のひとりごと

開業医、勤務医これからはどちらも大変である

昨年、新政権で注目を浴びた事業仕分で開業医が勤務医と違い午後5時以降は働かないで楽をして金儲けをしているようなことを言っていたが、実情を知っての発言なのであろうか。好評であったTVドラマや映画化もされた「踊る大捜査線THE MOVIE」のなかで小田裕二こと青島刑事が「事件は現場で起きている」と言ったのを真似て「医療は現場で行われている」是非医療の現場を見に来てくれと強く言いたい。

確かに自分も勤務医時代はとても忙しかった。通常勤務は午後5時までとあるが、その時間に帰れたことはないし、夕方5時から患者さんの回診が始まり、そのあとに自分の仕事をまとめて帰宅は午後9時、10時以降、ある時は午前様が当たり前であった。夜間に急患や患者さんの急変、緊急手術で呼び出される事もたびたびであったし、日曜祝日は手術後の患者さんの術後管理でほとんど休みはつぶれた。ただ、若い時はそれをつらいと感じたことはなかったし、今考えるとその時代はやりがいがあってとても楽しかった。当時は、お金のためではなく患者さんのためや自分のために頑張ったし、自分を支えてくれる人のためにさらに頑張るという気持ちで働いた。もちろん私の勤務医時代と今は違い勤務医の状況はさらに厳しくなっている。

以前に「秋田医報の巻頭言」にも書いたが、勤務医の負担軽減ということでは勤務医の当直制度についての見直しも必要であると述べた。すなわち、当直する日は朝の勤務から翌日の勤務時間終了までの1日半が勤務時間となる。当直に引き続き翌日は通常勤務となる。ある意味では労働基準法で定められた業務範囲を超えた過重労働でもある。交代勤務制の導入が望まれるが、現在の医師不足や医療費抑制政策の影響でこれも難しい。業務は医師の献身的な努力に依存しているのが現状である。では、交代勤務制度はなかなか難しいとすれば勤務開始時間や終了時間をずらすフレックス制度の導入も一つの考えである。たとえば通常勤務終了後に3時間夜間救急をおこなった翌日は3時間ずらして勤務を開始するという方法である。交代制を取っている看護師の勤務体制を勤務医にも取り入れることで少しは負担軽減ができるのではないか。

勤務医のモチベーションを下げるもう一つの問題として給与の問題がある。勤務医はこの医師不足時代ある程度の長時間労働は仕方がないと考えているが、当直やオンコールが経済的に評価されていないことも不満となっている。16時間以上の拘束、救急患者の診察、翌日も朝から通常勤務、残業もある、報酬は低く、オンコールは無償。これでは開業に心が向くのは当然かもしれない。

しかし、開業医が楽かといえばそうでもない。まずは、開業医は医療だけをやっていればいいわけでなく事業経営も考えなければならない。開業するためには診療所を新築するか高い料金でテナントを借りなければならない。開業するには設備投資が必要でほとんどが借金やリースに頼らなければならない。最近は銀行も医者だからといって簡単にお金を貸してはくれない。職員を雇用しているわけであるからその責任も重い。院長が病気になっても代診を頼むのは難しい。しかも院長には退職金もない。長期の休暇も無理。夜間の患者さんからの電話も多く、在宅患者の急変、看取りもある。

医師会活動、乳幼児健診、学校健診、住民健診等の住民サービスもしなければならない。最新医療においていかれないためには講演会や勉強会に参加もしなければいけない。IT時代にも対応するべくアナログ人間の私でさえPCをいじらなければならない。電子カルテ等の導入も検討しなければならないが、自分としては患者さんと向かって話すことが重要と考えるため当分導入する気はない。

いくら頑張っても最近は診療報酬も下げられ、過当競争に負け、事業経営に失敗した開業医の倒産もじわりと増加しているらしい。開業医の年収が高いといわれているが、税理士さん曰く、「いくら稼いでも国に納税するために働いているようなものですな」とのこと。勤務医だけでなく開業医も大変なのである。

さて、医師不足のために医学部定員が増加され、07年に7625人だった定員数が10年には8846人となり、これは医学部を10か所以上新設したのと同じだそうだ。さらに新たに私立3大学が医学部新設に向けて準備を進めているとの報道もある。現政権の文科副大臣もこれに前向き発言をしており、それを許可しそうな雰囲気もあるし、YAHOOニュースの見出しにある大臣が外国人医師の診療を日本の国家試験を受けずとも許可しようという話もあった。これでは近い将来、間違いなく医師過剰時代が来そうである。政治に振り回され、医師の資格を持ったフリータ―医師が職安に並ぶのも時間の問題かもしれない。いずれにしても医師過剰時代が来れば、勤務医や開業医の比較を論議しているどころではない。これからの開業医と勤務医どちらも大変そうである。