Dr.伊藤のひとりごと

困った!県医師会の新理事に・・・

今年の7月から秋田県の医師会の新理事になることになった。

由利本荘市とにかほ市の由利本荘医師会の理事も兼任とのことである。確か今年の3月頃であるが、由利本荘医師会の会長から、今度、県の理事を受けてくれないかとの話があった。まだ、ぼくは秋田に帰って着てから8年しかたっていないし、医師会活動も長くないのになんで自分にこの話が来たのか疑問であった。第一、開業歴の長い先輩の皆様と違っていまだに医院の改修工事をし、経営も落ち着いていない発展途上の開業医師で、恥ずかしい話であるが、自分の三人の子どもだって一人もしっかりとした進路も決まっていないのに、「勘弁してください。どうして俺なんですか?」と聞き返した。「○○先生はどうですか。××先生もいるじゃないですか。△△先生が適任ですよ。」と他の先生を必死に売ろうとしたが、会長は全然話に乗ってこなかった。その時は「今日はこれくらいで終わりにしますが、考えておいてください」といってその場を立ち去った。妻や友達にその話をすると、皆が口をそろえて、「何いってるの。そんなのなんの得もないからやめておきなさい。」と忠告してくれた。

3月に由利本荘医師会の執行部で理事の改選があり、3期目の再任で理事を拝命した。仕事の役割分担があり、会長が県の理事になるなら分担を減らすと話していたが、担当が前の8から3に減っていた。ぼくは県医師会の理事を承諾する意思表示もしていないし、どうなっているのか確認するのも薮蛇になりそうだったので、とにかく会長のそばに近づかない、会が終わったらすぐに逃げるように帰ろう。宴会参加は当分禁止。そうしたらきっとあきらめてくれるだろうと信じていた。4月に県の新しい理事が県の代議員により決まることになっていた。その会に急用でいけなくなった先生の代理で予備代議員のぼくが参加することになった。その会で選ばれた新しい理事にぼくの名前は載っていなかった。「良かった。やっぱり会長からの話は白紙になったのだ。いやー、いろいろ心配して損したなー。これからは、ゴルフ三昧の生活をするぞ。」とその日は安心して家に帰った。そして、妻や友達に心配かけたが、問題解決と笑顔で報告した。

この話が再浮上したのは、もう忘れかけていた5月の医師会の総会のときである。執行部理事席に座っていたとき、S会長と県の医師会の常任理事のK先生が、一枚の紙を持ってそばに寄ってきた。「これ、今度の県の理事の新しい役割分担表。先生は共同利用施設と医薬連携の主担当。」そこで絶句・・・・・・。「えっ。何が起こったのだ。」理解不能。ぼくは「県の新しい理事はこの前、代議員会で正式に決まりましたよね。」と質問すると「うちの医師会から県の医師会にもう一人理事を出せることになったので、先生を推薦しました」と。

その日の懇親会に参加し、会長から個別に説明があった。趣旨は、ぼくは秋田市に住んでいて、理事会が秋田市で行われるため帰宅の際に距離的に有利であること(本心:それならば由利本荘市に転居しますよ)。会長と副会長の相談の結果、ぼくが適任?とのこと(本心:勝手に決めないで欲しいですよ)。ぼくは由利本荘医師会の代表、銀行で言えば由利本荘医師会の支店長(本心:別に支店長にならなくてもよいのであるが)とのことであった。ぼくは、それを聞いて、もう何を言ってもダメなことを悟った。それと同時に大きな不安が押し寄せた。秋田県医師会の執行部の顔ぶれを考えると足がすくんでしまう。皆、県の医師会報で写真ぐらいしかみたことがないお偉方で、中には大学教授、大きな病院の病院長、皆ぼくより年上のツワモノぞろいである。

ついに7月26日。昨日、臨時代議員会で正式に新理事の追加が承認され、ぼくははれて?(本当は曇り空)県の新理事になることになった。任期は後1年10ヶ月。最善は尽くすつもりであるが、本音はやはり不安である。由利本荘医師会のS会長がわざわざ県の執行部の先生方にぼくを紹介して回ってくださった。S会長には感謝すると共に、支店長としての責任の重さに押しつぶされそうである。幸いなことに何人かの知り合いの先生が執行部にいらっしゃるので、コバンザメのように先輩にしっかりくっついていくことになるであろう。