Dr.伊藤のひとりごと

きつかった新人時代の点滴当番

新人医師には点滴当番なるものがある。ぼくらには週に1から2回の当番がまわってきた。新人医師の犠牲になるのは5月頃に入院する患者さん達である。新人医師も1年も経過すれば点滴の腕も上がりかなり点滴が上手になる。また、その医師の中にも上手下手があり、患者さんたちのなかでは、あいつはうまいとか下手とかのうわさが絶えないようである。ベテランの患者さんは入院する時期を4月5月ははずして8月以降とするという話もあるくらいだ。

点滴の話となれば、本当かどうかは分らないが、こんなうわさもある。ある新人医師が点滴をしようとして駆血帯(縛るときに使うゴムのこと)で腕を縛り、点滴しようとしたが、その際中枢側(いわゆる静脈血が帰っていく心臓側のこと)ではなく反対側に向かって点滴針を刺したとかいう話。赤ちゃんの頭部に点滴をしようとして首に駆血帯を巻こうとしたばか者の医者がいて看護婦さんにひっぱたかれたとかいう話もある。もちろん、このようなことはきわめて稀ではあるので、心配しないでほしい。そのような奴(あえて奴と書く)は学生実習のときなにをやっていたのかはなはだ疑問である。今、医者の適正が問題になっているが、本当に医者に向いていない人もやはりいるのは確かに事実である。これは医療の世界だけではないが、ひとの命を預かる仕事をする医者に関してはやはりしっかりとした適正を判定するべきであると思う。

さて、点滴当番の最大の悩みはこどもの点滴と採血であった。大人の採血は看護婦さんがやってくれるが、こどもは医者がやることに決まっていた。もちろんベテラン看護婦さんのほうが点滴と採血のどちらも上手に決まっていたが、これは規則でありどうしようもなかった。しかもこどもの点滴や採血は朝の一番最初にやることになっており、これが終わらないと大人の病棟にいけなかった。子どもの点滴や採血がいかに難しいかは皆想像できるであろう。時間がかかると看護婦さんにはいやみを言われるし、子どもは大泣きするし、泣きたいのはこっちの方だということは何度もあった。さすがに1ヶ月未満の新生児は新人医師がやることはなかったが、6ヶ月から1歳ぐらいのおでぶチャンの点滴と採血といったらいかに難しいかといったら言葉では表せないぐらいのスーパーが付くほど難しかった。不幸にもそれらの赤ちゃんの点滴や採血に当たってしまったら、かなりの時間がかかりその後の成人病棟の看護婦さんの鬼のような顔といやみと患者さんからの苦情は想像していただけるであろう。

しかし、人間たるものは器用にできており、新人医師でも3ヶ月も経つとあまり苦もなく上手に点滴や採血もできてしまうとはさすが人間はすばらしい動物である。しかも1年も経てば新人医師にも後輩の新たな新人医師ができ、彼らに大きな顔をして偉そうに指導しているのを見るととてもおかしかった。まあ、このようにしてぼくらは少しずついろいろなことを経験して一人前の医者に成長していったのである。