Dr.伊藤のひとりごと

怪しい!青年医師と若くて美人の患者がヒソヒソと・・・

19歳のとても美人の女性F.Kさんが首のしこりの精査のために入院してきた。入院後の担当はK.H先生とぼくになった。彼女はやせて目がパッチリしていて、女優さんのような美人で素敵な女の子であった。なかなか診断がつかず、最終的には外科的にしこりの一部を手術で摘出して病理学的検査を進めた結果、彼女の病気は悪性リンパ腫(ホジキン病)といってリンパ系のがんと診断された。これは白血病と似た病気であり、抗がん剤と放射線治療が有効とされている。本来は内科で治療する病気であるが、KH先生は外科で診断をつけたのであるから、外科で治療をすると言い出したのである。そうなるとその病気の最新の治療法について調べなければならなくなる。当然のことであるが、この病気の治療に関する日本語と英文論文を含めての文献検索がぼくに回ってきた。

外科で治療することになれば面白くないのは内科の医師である。内科部長はKH先生には文句を言えないため、結局はぼくに皮肉をいってきた。しかし、そんなことにめげていたら医者は務まらない。おかげでぼくは早々と社会の厳しさというものを勉強することができた。

治療は抗がん剤の多剤併用療法で使用薬剤はオンコビン、アドリアマイシン、エンドキサン、プレドニンであった記憶がある。かなり強力な治療法で嘔吐、全身倦怠感、食欲不振、などの副作用で彼女の体力はどんどん失われていった。一番つらかったのは髪の毛が抜け落ちてしまったことであった。この頃は癌の告知はまだ行われていない時代であり、彼女は、なぜこのようなつらい治療を受けなければならないのか、これを我慢すれば治るのかといつも泣きながらぼくに詰め寄ってきた。リンパ系の病気で治療しなければ将来の命の保障ができないこと、必ず元気になるので頑張ってほしいと言った内容を何度も何度も説明をした。真実を話せないことはこちらも本当につらかった。

上司との夕方の回診が終わり、患者さんの食事が終わった頃に彼女の部屋にぼく一人で回診をすることも多かった。別に彼女だけでなく仕事が一段落して帰宅する前に重症の患者さんには同じように回診をしていたのであるが、これが大問題になってしまった。彼女は女性の4人部屋に入院していた。ほかには中年のおばちゃんが3人いたと思う。暇なおばちゃんたちは若い青年医師と若い美しい患者さんが、夜にカーテンを閉めてヒソヒソ話をしていて、二人は怪しいと婦長に告げ口をしたようである。確かに今考えると怪しいと言えばそうだったかもしれない。泣かれながら「どうして私だけがこんな苦しいことを受けなければならないの。どうして髪の毛が抜けていくの。先生私は助かるの。先生私つらい、そばにいてちょうだい・・・・」と言われてそれに答える若い医者の会話を想像すれば、確かに怪しいと思われても仕方がない。

翌日、ぼくは外科部長と看護部長のところに呼ばれた。ぼくは無実なのに・・・・・・。厳重注意とのことであった。その後、彼女は治療がうまくいき退院した。ぼくは研修が終わってその病院を去ったため、以後彼女に会っていないが、彼女はどうしているのであろうか。今も元気で暮らしていることを切に祈る。あの頃は青春であったなー。